美術展が好きだ。ご存知のように若い頃からアートに興味があるので、折を見ては訪れている。小さいギャラリーに行くこともあるが、空間や建築まで含めると、やはり美術館という場そのものに魅力を感じる。今回は、私流の美術館の楽しみ方をまとめてみようと思う。
美術館の醍醐味は、なんといっても贅沢な空間で大きな作品を鑑賞できることだ。日常生活では、あれほど広い空間に身を置くことはほぼない。建築そのものも魅力的だ。エントランスからして、ものすごいインパクトのある突き抜けた建築が多い。おそらく建築家が表現として一番遊べるのが、美術館なのではないか。立地も、上野恩賜公園に代表されるように広くて緑の多い場所にあることが多く、訪れるだけで気持ちがいい。
東京には美術館が多く、常に多くの展示が開催されている。地方にもいい美術館はたくさんあるし、アートで地域起こしに力を入れている自治体も多い。意外な場所に意外なコレクションがあったりもするので、旅先で美術館を訪れるのも楽しいものだ。旅行やコンサート遠征をする際は、現地の美術館や展覧会を探してみるのもおすすめだ。
アートに関する情報は、昔からアートやギャラリー関係でお世話になってきた友人の田辺良太氏に教えてもらうことが多い。もちろんネットで都内美術展の開催スケジュールを探せば出てくるが、身近なプロが「これ面白いから、絶対行った方がいい」とか「この展示、好きそうだよ」などと勧めてくれる情報はありがたい。
私が美術館で鑑賞するジャンルは、油絵や水彩、日本画から西洋画、立体、現代アートなど、さまざまだ。
これまでに鑑賞した多くの展示の中で、とくに印象的だったのは、2023年のデイヴィッド・ホックニー展。作品を前にして、これは観に来てよかった!と強く思った。86歳(当時)にして、あのパワー。「未来列車」のPV撮影でロンドンを訪れた時にも観たが、日本での展示はまた異なるコンセプトで、ダイナミックで素晴らしかった。
有名な作家に関しては、好き嫌いではなく一度は生で観ておくべきだと思う。回顧展などは、その人の作品を世界中から集め、○○コレクションという感じで丸ごと借りてきている。とくに、本物の作品が日本に来てくれることの貴重さを知っておいた方がいい。一度見逃したら、日本ではもう10年どころか20年以上、下手をすると一生観られない作品も多いのだから。本来はフランスやオランダなど海外まで行かないと観られないものを国内で観られるなんて、多少の移動費用をかけても安いものだろう。
例えば、先日訪れた青森県立美術館には、入口にシャガールの巨大な作品「アレコ」が飾られている。もともとバレエの舞台背景として使われた絵で、全4枚のうち3枚を青森県立美術館が所蔵している。もう1枚を所有しているフィラデルフィア美術館が改修工事中に貸し出してくれたのをきっかけに、現在まで延長展示されているらしい。シャガールの作品は世界中にたくさんあるが、これほど大きな作品、しかも今しかない4枚揃った状態を生で観ることができたのは貴重だった。
過去の美術展といえば、印象派など、往年の有名作家によるヨーロッパ絵画のイメージが強かった。最近でこそ現代アートのカウズやバンクシーの大規模な展示も行われるし、日本人でも草間彌生さん、村上隆さん、奈良美智さんなどが世界的に活躍している。
現代アートの中には、難解すぎて理解できないとか、「なぜ、これが数億?」と思ってしまうものもあるだろう。でも、単純に見える作品でも、実は高度な技術が必要なことも多い。「こんな線、どうやって描いたんだろう?」とか「作るのは相当大変だっただろうなぁ」と思うことがある。やはり話題になっていたり高値が付いたりしているアーティストは、特別な個性やメッセージ性、技法など、それだけの理由があるものなのだろう。
美術館に行ったら、1時間半から2時間ぐらいかけてゆっくり鑑賞する。アートは、少しでもいいから知識があった方が断然楽しい。知らないと通り過ぎてしまうからだ。最低限、行く前にネットで多少調べるだけでも、見るべきポイントはある程度把握できる。
現地では、音声ガイド解説を聴きながら作品を観て回る。とくに亡くなっている作家の場合、視覚と聴覚から映画のように、その人の人生を垣間見ながら回顧している感覚になれる。ちなみにクリムトの展示ではラブレターまで公開されていて、有名な画家は死後もいろいろ見られてしまって大変だなぁ……と思ったが。
自分は描く側でもあるので、色合いや画材や技法はとても参考になる。こんなの描いてみたい! どうやって描いているんだろう? どういう技法なんだろう?と、細かいところまでじっくり観察。撮影OKな場合は、つい近くで細部のパーツばかり撮ってしまったりもする。インスピレーションを受けて、すぐに画材を買って試すこともあるし、自分の作風や技法が影響を受けて変化することも多い。
作品の見え方は、どのように飾られるかで全然違う。空間と展示方法は大切な演出だ。同じ作品でも、真っ白い壁にポツンと1点だけ飾られるのと、50枚ぐらい並んでいる中の1枚なのとでは、受ける印象もありがたみもまったく異なる。1点だけ飾る演出によって、ものすごく価値がある現代アートに見えるかもしれない。
例えばFUMIYARTに関しても、現在各地を巡回しているアート展では、おおうちおさむさんが、会場ごとに異なる空間と展示スタイルを手掛けてくれている。それによって毎回、作品の新たな魅力が引き出されて面白い。青森での展示では、トランプの作品が初めて縦型に配置された。斬新だがカッコよく、思わずおおうちさんに「むしろ、縦の方が正解だったのかも」と言ったほどだ。
展示を見終わったら、グッズ売り場へ。やはり、まず図録は外せない。作家の作品集なら1万円以上するところ、展示の図録なら3千円台で買えたりするのだから。それ以外のアイテムも全部チェックする。面白いものや可愛いもの、かつ普段使いたいものがあれば購入する。マグカップやクリアファイル、それからTシャツもセンスがよくて普通に着られるデザインがあれば。クッションカバーも好きで、家のリビングのソファには、美術館で買ったカバーのクッションがいくつもある。絵がプリントではなく刺繍されていて、クオリティが高いのだ。バスキアの傘も、デザインがよかったので買った。そう、要はアート作品をどれだけセンスよく上手に使っているかが大事なのだ。一方、欲しいけれど諦めるものもある。先日は奈良美智さんの犬のぬいぐるみが巨大なサイズで売っていて、すごく欲しかったのだが、家に買って帰るとなぁ……と考えて我慢した。
美術館の中にあるカフェに行く、という楽しみもある。展示と絡めたメニューが出されていることもある。もちろん、センスがよくてカッコいいカフェでないと入る気にならないが。
美術館でデート、というのは文化的で素敵だと思う。二人で一緒に歩きながら、これが好きとか、あっちの方が好きとか言い合いながら、お互いの価値観やセンスにも触れることができる。美術館には小綺麗な格好で行くことが多いし、大きい美術館ならいいレストランが入っていることもあり、デート向きなのだ。グッズ売り場でお揃いのTシャツを買ったりするのもいいかもしれない。
美術館やアートの楽しみ方についての本は、アートテラー・とに~さんほか、数多く出版されている。さらに、興味を持ったジャンルや好きな作家のことを深めていくのもいいだろう。とはいえ、もちろん楽しみ方やツボは人それぞれ自由なもの。参考になるものがあれば取り入れてもらいつつ、アートや美術館をより身近なものとして楽しんでほしい。