
「いいと感じたものは、FFメンバーとシェアしたい」。
そんなスタンスで、フミヤのおすすめ&お気に入りをご紹介するコーナーです。
今回フミヤのアンテナがビビッととらえたのは、こちら!
「ジヴェルニーの食卓」原田マハ 著(集英社)

「お見事!」と思わず唸るような小説だった。4人の巨匠画家、アンリ・マティス、エドガー・ドガ、ポール・セザンヌ、クロード・モネにまつわる4話からなる短編集。もはや新しいジャンルと言ってもいいようなアート小説だ。それぞれの画家の史実や回想録が織り込まれており、フィクションなのにノンフィクションかと思うほど。画家に相当詳しくないと書けないし、アートに深く関わってないと表現できない。画家たちを取り巻く時代や環境はもちろんだが、画家の気持ちや作品の奥深い意味など、絶妙な言葉で表現されているところが素晴らしい。
なぜこんな文章が書けるのだろうかと、作家の原田マハさんについて調べてみた。その経歴・履歴に、なるほど~と納得。まず1962年7月14日生まれ。なんと! 私が生まれた3日後に原田マハさんは生まれている(同級生で同じ星座、急に親近感!)。そして経歴が凄い。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業(すごい勉強熱心!)。馬里邑美術館、伊藤忠商事、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務(す、すごくない?!)を経て、フリーのキュレーターとして独立されている。これはアートや作家、美術史にも詳しいはずである。
これだけ美術界での経験があるにも関わらず、小説家になる道を選ばれたということは、やはり自分自身も作品を創るアーティストを目指したからではないだろうか。作家としても数々の文学賞を受賞されている。勉強家なのはもちろんだが、こういう人を、まさに天才と呼ぶのだろう。
物語は、マティス、ドガ、セザンヌ、モネについて、それぞれの身近にいた人物が語る形で書かれている。ほぼ実在とされる人物が登場しているが、実際に残された史実や回顧録があるとはいえ、気持ちや感情などは想像するしかないものだ。でも原田さんの表現力によって、読者は4話の物語を読みながら、巨匠たちの人物像を生き生きと想像できる。
「うつくしい墓」は、マティスの家政婦が見たアトリエの風景。晩年のマティスは絵筆が取れなくなって切り絵の作品を作るが、その時期のピカソも登場する。ピカソはマティスの影響を受けて彼なりのキュビスムを完成させたほど、マティスとの関係性は深い。
「エトワール」は、ドガの友人である女性画家メアリー・カサットが知る、ドガの人間像。ドガの作風が少女のバレエダンサーに固執してゆく過程や理由。舞台裏のダンサーたちの一場面を切り取ったような作品が多くあるが、なるほどそうやって描かれていたのか、と頷いた。
「タンギー爺さん」は、画材屋の娘の手紙だけで構成されている。最初のキュビスムであり、近代画家の父と言われているセザンヌ。名も無きセザンヌの作品に魅せられた、小さな画材屋の親父。その店からじわじわと印象派のゴッホやベルナールなどが生まれてゆく。
「ジヴェルニーの食卓」は、モネの義娘から見たモネの半生。モネの作品の多くは明るい光が差す野外だが、その印象がより鮮明になった。晩年は、広大な庭に睡蓮が咲く池のあるアトリエ兼自宅で制作活動をしていた。食通だったので、実に美味しそうな料理が言葉で綴られていて、香りまでも感じる。
4話すべてが美しい文章と世界観で描かれているので、とても心地よく読むことができる一冊。物語に出てくる作品をネットで調べながら読めば、より楽しくリアルに物語に入り込める。それに印象派の画家たちはモノクロの肖像写真が残っているので、ビジュアルも想像しやすい。
本の最後にある解説文は、国立西洋美術館館長(出版当時)の馬渕明子さんによって書かれ、原田マハさんによる4つの物語が、いかに巧みに想像力をもって書かれているかが称賛されている。
歴史的に、印象派の画家と作品は、それまで写実的で教会や貴族が楽しむためのものだった絵画を一変させた。それ以前は写真という技術がなかったため、貴族の絵画は写真代わりでもあったし、教会は神の世界を万人に想像させるための道具でもあった。印象派やキュビスムの登場は、芸術界における大革命だった。だから今なお印象派の絵は高価であり、回顧展が開催されれば多くの人が観覧に行く。印象派の巨匠たちは、誰もが知るスーパースターなのである。
ぜひ「ジヴェルニーの食卓」を読んで、そんな巨匠たちをありありと感じてみてほしい。